2017-11

ひの散策組の休日。1/21後編

【前編掲載から間が開いてしまったので前回のあらすじ】
京都へお礼のご挨拶兼修学旅行に向かった散策組の有志たち。
無事にお世話になった方へのご挨拶も済ませ、志を受け継がせていただいた後はお楽しみの時間。
しかしオナゴの支度に時間がかかり、宴会料理と酒を前におあずけ中
え?スパークリング麦茶とか芋けんぴなんて知りません。
支度中の襖の向こうに訴えると、『先に食べてて』と。
了承済みだーー。みんな席につけーーー
…そんなわけで続き、始まります。


「酒行きわたったかー?」
「「「はーい」」」
「つーこって…おつかれさまっしたーーーー!!」
(一応)おあずけ食っていた分、命の水も美味しいご馳走も一層おいしく感じられます。
補給作業に皆の意識が集中して約10分
『えろうおまっとさんどしたぁ』
その声に顔を上げると、階段を上がってきた赤い着物の新造の姿が。
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉwwwwww」」」
全員歓声。ご飯もお酒もそっちのけでカメラを構える(笑)

「おねえはんももうすぐ来はります」
赤い唇からの続く言葉にまた全員はっと階段の方に目をやると、さらに華やかな着物と、大きく結い上げた髪の………。

島原の太夫ならぬ、新町の太夫キタアアアアアアアアアアア!!
普段は中性的で性別不明疑惑が持ちネタの弐号ですが、生で見ると非常に迫力美人です。
隊服だと美少年系の捌号は、初々しさがにじみ出て可愛らしい姿に。
二人の大変身ぷりに皆大興奮状態です。
とりあえず座ってもらおうか、やっぱり一番上座の責任者の隣だよね…と両脇に座ってもらって3分。
「やべぇ……美人過ぎてダメだ」
両脇からの美のパワーにデレデレになっておりました。
それを笑っていた残りのメンバーもその場所に交代で座ったとたん、全員が全員骨抜きにされました。
散策組最若手零半号は両脇のお姐さんにナデナデされて置物状態。
よく『きれいすぎて顔が見れない』という表現を聞きますが、それが本当にあったんだということを実感しました。
顔を見ることはできても目を見つめることが全くできない状態に全員突入でした。
「この格好だと食えないから、ちっちゃくして口に入れて」との太夫の要望で、
皆で二人に料理を食べさせてあげるのですが、
あーん、と半分開けた口に入れると、むぐむぐとした後小さい声で「おいしいです」と答える捌号…もとい、
新造が非常に可愛らし過ぎたのはここでも主張させてください。
太夫もむぐむぐ食べる姿は可愛いんです。でも口から出てくる言葉がいつもの弐号のままというそのギャップ(笑)

はい、年期も明けるころの太夫役 弐号です。うちの妹かいらしいやろ?
口を開くたびに「「「「「「「黙ってろ!口を開くな!」」」」」」」」といわれつつ前半はおとなしめでw。
「しかしみなはん なんで めえあわせてくれへんのやろ?」中身は同じなのにW
代表に至っては、赤くなって照れまくる始末w
「女性としての尊厳をかけた戦いどしたが、白塗り頑張った甲斐ありましたわぁ~」
おかげで皆の挙動不審っぷりが堪能できましたw
「これで、晴れて私の性別疑惑も解消されたことやろ?! せやろ? あ”ん?

宴も佳境に入ったところで、着付けの先生にも入っていただき、お座敷遊びを教えていただきました。
『♪とらとーら とーら とら』という部分だけは有名と思われる【虎拳】
遊びの内容としては加藤清正の寅退治を題材にしたもので、母親を虎に食われた清正が虎を退治する、というのを歌に合わせて
屏風の陰から登場して対決するという全身じゃんけん的な遊びです。
清正(槍を突き出すポーズ)は虎に勝ち > 虎(四つん這い)は老婆に勝ち > 老婆(杖を突いて歩く)息子の清正に勝つ
φ(..)メモメモ 
先生「んで負けたら『はいはい』で言うこと聞くんやで」 
「お手本おねがいしまーす」
歌は先生が歌ってくださり、最初は美女同士の対決。
二戦目からは我々もよちよちと踊って美女と対決です。

「おねえはん、芋けんぴ食ぁべて☆」…太夫、敗北。
「……お手」
「お願いにゃん、って可愛く言って✩」
連敗に膝をついてうちひしがれる太夫に追い打ちする二人。
連戦の太夫の休憩(と連敗阻止)のため隊士同士で対決の後、
最終対決として肆号が立ち上がります。
よし、そのまま完全勝利にもちこめ!!と願ったのもつかの間…
「っしやぁぁぁぁ!!」
…だから太夫、弐号が見え隠れしてるんですって。 
「さぁて…何してもらいまひょか・・・・・膝ついて『許してにゃん』で」
「…ゆるしてにゃん」
「聞こえまへんなぁ☆」
「っ…ゆるしてにゃああああん!!」
そんなこんなで全員大興奮の宴も時間切れ。
「ほな、帰りますぅ」
太夫と新造が装いを解くのを見せてもらってどういう状態で着つけていたかを改めて見て、
重い鬘と着物であそこまで動けていた二人に驚きでした。
花が去った後の男装しかいない寂しい座敷では飲み再開。
皆で交代でお風呂に入り、全員が寝付いたのは3時近く。

翌朝6時半……
寒い、眠いといいながらももそもそと行動を開始する年長組と最若手。
起きた面々が寝ぼけ眼で降りてきて…残り一人になったところで、寝起きドッキリが敢行された模様です。
全員起きたところで朝ごはん。
起きた瞬間から漂ってくるお出汁の香りに食欲をくすぐられてました。
「あ、昨日の残ってる」
「残ってるねぇ(くいっと別の瓶を飲み干し)まだあるねぇ」
座敷の入口のところに置いておいた夕べの酒宴での残った飲み物から、
数口分残っていた酒瓶を拾い上げるとくいっと行ったのが最後に入ってきた二人。
直後『残りは日野の屯所に持って帰ります!』と会計に素早く抱え込まれました。
食事の後、もう一度記念撮影をして片づけ開始。
さらなる巡察後帰路につくメンバーを見送ってから、車帰宅組も東に向かって走り出しました。

東京に着く前に一か所寄っていきたい場所があるのです。
板橋で処刑後、近藤局長の首は京都で晒された後の行方が分からなくなっています。
一説によると三条河原そばの寺の僧侶がひそかに葬っていて岡崎の法蔵寺に異動になった際に新たに葬ったというものです。
まだ詳細については判っていない場所ではあるものの、新選組に所縁ある場所と伝わってるからにはいくしかありません。
その岡崎の法蔵寺近くを通って帰るので詣でて帰らなくてはと高速道を北上するにしたがって晴れ間が消えていきます。
弐号のパワーが届かなくって来たのかななどと話していたら、
岡崎に着く手前でバラバラっと雨が…と思った直後。
ザーーーーーーーっと一気に強くなった雨足。
零「参号!」
伍「こんな時にパワー発揮しなくっていいから!!」
なんとかお寺につく直前に雨は上がってくれたのですが、閉門時間まであまり時間がありません。
徳川家康公が竹千代だった時代に手習いにも通い、
父の松平広忠公や妹・市場姫、娘・亀姫の墓所もある歴史あるお寺だったのですが、
御朱印を頂いている間に境内の石垣をあがった場所にある目的の局長の塚に行くので精一杯。

一時期は逆賊という事でわからぬ様埋めていた塚を、京都誓願寺で記録が見つかりまた他にも文献が見つかり照合した結果、
この地を掘り返したところ台座や遺品なども出土したと伝わっているそうです。
近年建てられた像が見ている方向って、武州かなぁ。お寺のすぐ真下は東海道かぁ…。
そう思うとなんだか胸が熱くなってきます。
雨がまた降りだす前にとお寺を後にし、関東への帰路につきました。


そんなこんなの散策組京都旅。
十二分に遊んだ分、また次の出動・まつり当日への鋭気を養えたと思いたいです(笑)
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Author:hinosansakugumi
ひの散策組。日野宿応援隊より発足。
祭りの1日目、日野宿を浅葱色のだんだら隊服で散策しませんか?2015年5月より活動開始。Blog更新は主に零号です。※現在、散策組によるPR活動では、一般参加は受け付けておりません。日野宿応援隊の依頼を受けたボランティアが行っております※ #ひの散策組

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